はかりのはなし

計量単位〈kg〉の特異性

例えば、長さの計量単位として、昔は複数の単位(メートル、ヤード、尺など)が混在していました。しかし経済取引のグローバル化にともない、国際単位系を統一する必要に迫られ、7つのSI基本単位が制定され現在に至ります。質量の単位である〈kg〉もその基本単位の一つですが、他の6つ(時間、長さ、電流、熱力学温度、物質量、光度)と比べて、とても難しい存在だったのです。

 

 

長い間〈kg〉だけが基準器による定義であった理由

2019年に再定義されるまで、1〈kg〉は人工物であるキログラム原器の質量と定義されてきました。この定義が採択されたのが1889年ですから、実に130年にわたってフランスのパリ郊外にある白金イリジウム合金製のキログラム原器が〈kg〉の基準であり続けた訳です。一方、その他の基本単位は早くから普遍的な定数による定義に置き換えられています。例えば当初はメートル原器を採用していた長さは、1960年に人工物から解放され、光の速さにもとづく定数による定義に改定されました。光の速さが不変であることを踏まえた定義です。ところで、1〈kg〉を普遍的な定数で表現しようという試みは、有名な科学誌が「5大難題」に挙げるほど難しいものだったそうです。仮に4℃の水1リットルの質量を1〈kg〉と定義しようとしても、温度、体積、比重、浮力などが相互に関連し、さらに質量そのものが比重や浮力に影響するため不確かさが大きくなります。それよりは厳重に保管されているキログラム原器の安定性のほうが優れているとされ、これが長年キログラム原器が〈kg〉の基準であり続けた理由です。

2019年に再定義された〈kg〉

ところが、その後の計測精度の向上により、人工物であるキログラム原器の質量が約100年間に1億分の5〈kg〉ほど-わずか指紋1個分の油脂に相当する量-変動していることが判明したそうです。そこで、モノではなく普遍的な物理定数で1億分の5より高い精度で再定義しようという気運が高まりました。単純化して説明しますが、1〈kg〉を原子の個数で「何個分と定義する」方向性で研究が進みました。この個数はとんでもなく大きな数字であるのに加えて、同位体の存在や密度によって変化します。そこで28Siだけのシリコン単結晶から研磨された1〈kg〉の球体の体積を正確に計測し、原子間の距離を当てはめて球体に含まれるSi原子の数を計算しました。その結果、1〈kg〉は、Si原子「約20兆の1兆倍個」分の質量であると結論づけることができます。この計算においては、プランク定数という物理定数を正確な値に固定することで再定義が可能になりました。現在の定義は次の通りです。
キログラム(記号はkg)は、プランク定数 h を単位J s (kg m2 s−1に等しい)で表したときに、その数値を6.626 070 15×10−34と定めることによって定義される。
以上の再定義により1〈kg〉の精度は、1億分の5の半分くらいまで向上したそうです。

五感では検知しにくい質量、だからはかりが必要

ところで、質量に関する人間の感覚ってあやしいものだと思いませんか?長さや容積なら、自分の体の尺度(例えば、肘から手首までの長さ)から推測が容易ですし、目視で比べればどちらが長いか、大きいか、すぐに分かると思います。しかし、質量はそうではありません。質量が異なる2つの物体を両手にぶら下げてもらい、どちらが重いか尋ねてもなかなか正答できないでしょう。密度が異なればなおさらです。はかりで計量してみないと分かりません。いくら正確にキログラムを定義しても日常生活にはさほど影響はなく、むしろ商取引や公の証明などにおいて、正しいはかりを使用することが重要ですね。

 

 

 


戻る